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野外彫刻作品

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米百俵の群像(1991年)

平成3年10月長岡市美術協会彫刻部会員を中心にして共同制作された「米百俵の群像」が新潟県長岡市の千秋が原に設置公開された。

米百俵の群像画像

1991米百俵の群像完成画像

平成2年2月に、群像の製作は長岡市美術協会が長岡市より、「米百俵の群像」制作・設置事業の委託を受け、米百俵の群像制作委員会を設置した。制作委員は元井達夫リーダー・川辺正作先生・鷲尾 正先生・内山良男先生・堀田 正先生・松本保忠の6名(彫刻部門)、このほか松田圭治先生(洋画部門)を含めた7名のメンバーであった。
千秋が原整備事業の理解から始まり、戯曲「米百俵」(山本有三:作)・幕末長岡藩士「小林虎三郎」の思想・戊辰戦争と長岡藩の理解を深めながら群像制作のイメージを形成していった。米百俵の精神(長岡の教育重視の精神風土)の具現化がこの時のテーマであり、「目先のことに捕らわれず、明日のために行動する」この精神風土を、未来を担う新しい世代へ伝えていく象徴としてのモニュメントとした。
委員会の検討の中で、戯曲の名場面にはない「母子像」を追加することになった。その理由は未来の担い手である少年・それを見守る母親を取り入れる事で、未来に対する希望の象徴とした。
 当時の長岡市長の意向を受け、長崎・箱根視察を行った。①国立西洋美術館のロダン作「カレーの市民」は群像としての大きさが参考になった。②箱根彫刻の森美術館(ロダン・ムーア・他作品多数)の作品を通して展示方法・作品を鑑賞するときの視線等が制作するうえでの参考になった。③長崎26人聖人像は作品の精神性の高さ深さに重要性を感じ、レリーフ表現にして静かな作風としているところが参考になった。
 視察で得た参考意見を下にして、「米百俵の群像」構成について検討した。その結果、台座の高さは傾斜を持たせ小林虎三郎に鑑賞者の視線が向くように意図する。像自体の大きさを等身大とし迫力を出す。像の背後に戊辰戦争の関わりを象徴的に表現するため、刀を交差させたイメージの石柱設置(高さ3m)等を決定した。
 次に制作委員リーダーの元井先生がエスキスを完成させ、市長の意向を確認した。これを経て、群像制作の役割分担を行った。私(松本)は「怒れる藩士3体群像」を制作することとなった。

1991米百俵の群像制作者名簿画像

米百俵の群像(怒れる藩士3人画像

                 「怒れる藩士」米百俵の群像部分:松本保忠が担当して制作

 

長岡市シンボルロード「あひるさんと散歩」(1991~1993年)

 

 米百俵の群像設置後も、長岡市が計画したシンボルロード整備事業に従って、野外彫刻設置を平成2~5年度に実施された。この事業においても、群像制作を通して制作メンバーのまとまりと力が評価され長岡市より、長岡市美術協会が委託を受け制作設置した。
1、基本構想の策定
 委員会を設置し、構想をまとめた。委員は群像制作と同一メンバー7名が任命された。委員会はシンボルロードの現況視察・先進地視察(富山・高岡・金沢方面)を行い、シンボルロードに対する彫刻の検討を行った。彫刻が市民の日常生活の一部である風景として扱われ、心のよりどころとなるような作品を目指すことになる。「生きた道」シンボルロードと、「芸術」としての彫刻が美術館や展覧会で見るのではなく、散策の途中でたまたま出会うことになる。このことは彫刻を見る市民と同化するイメージとすることである。
 この検討の結果、長岡出身の童画家「川上四郎」氏の作品を媒介にし、作品を策定する方向とした。基本構想は「出会い川上四郎の風景」とした。野外彫刻作品は川上四郎童画の中より「木の葉の旅」「カエルの船頭さん」「あひるさんと散歩」笛を吹く少女」」「春が来た」の中から選択することになった。
 シンボルロードには幾つかのイメージゾーンがあり、各ゾーンに似合った作品を選定し、造形可能なものを考慮した上で次のように決定した。季節を感じるゾーンには「木の葉の旅」」(3作品:平成3・4年度設置)水のシンボルゾーンに「笛を吹く少女」「春が来た」(2作品:平成5年度設置)水遊びのゾーンに「あひるさんと散歩」「カエルの船頭さん」(2作品:平成4年度設置)を作成設置することになった。

 「アヒルさんと散歩」は私(松本)が担当した。

シンボルロード野外彫刻紹介画像

                    長岡市シンボルロード野外彫刻紹介パンフレットより

あひるさんと散歩画像

                               あひるさんと散歩その1

あひるさんと散歩画像その2

                               アヒルさん散歩その2

 

福島県田村市 船引小学校「仰ぎ見る未来」(1996 年)

 1996年(平成8年)船引町立春山小学校校舎改築落成記念に当たり、寄贈する(私は昭和39年3月卒業の卒業生です)。2010年田村市立春山小学校閉校し、田村市立船引小学校に統合される。それに伴い、船引小学校に移築される。

野外展示作品(春山小学校から船引小学校へ)画像)

                                 「 仰ぎ見る未来」 

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